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最高裁判所第三小法廷 昭和51年(行ト)5号 決定 1977年3月10日

抗告人 エー・エス・ジェーン

主文

本件抗告を却下する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件記録によれば、本件の事実関係は、大要、次のとおりである。

抗告人は、インド国籍を有する外国人であり、昭和四六年二月七日、わが国における訴訟追行を目的として、在留期間一八〇日の上陸許可を受けてわが国に上陸し、その後三度にわたり在留期間更新の許可を受けたが、四度目の在留期間更新の許可を受けることができず、昭和四八年一月二六日限りで在留期間を経過してしまったため、昭和四九年二月二八日、神戸入国管理事務所主任審査官から、在留期間の経過を理由として強制退去令書(以下「本件令書」という。)を発付された。そこで、抗告人は、本件令書の発付を不服として、神戸地方裁判所に右令書の発付の取消しを求める訴えを提起するとともに、右訴訟の本案判決の確定に至るまで右令書の執行の停止を求める申立てをした。右執行停止の申立てに対し、神戸地方裁判所は、送還部分に限り右令書の執行を本案判決の言渡しに至るまで停止する旨の決定をし、抗告審である大阪高等裁判所も、神戸地方裁判所の右決定を相当として抗告人からの即時抗告を棄却した。

二  本件抗告理由は、要するに、原決定のように本件令書の送還部分の執行を本案の一審判決の言渡しがあるまで停止したのみでは、一審において抗告人敗訴の本案判決が言い渡された場合に直ちに右令書が執行され、その結果、抗告人の有する本案について上訴して裁判を受ける権利が否定されることになるから、原決定は憲法三二条に違反する、というにある。

しかしながら、仮に抗告人が本案について一審において敗訴した結果本件令書が執行され、その本国に強制送還されたとしても、抗告人は、それによって直ちにわが国において本案について上訴して裁判を受ける権利を失うわけではない。もっとも、抗告人が本国に強制送還され、わが国に在留しなくなれば、みずから訴訟を追行することは困難となるを免れないことになるが、訴訟代理人によって訴訟を追行することは可能であり、また、訴訟の進行上当事者尋問などのため抗告人が直接法廷に出頭することが必要となった場合には、その時点において、所定の手続により、改めてわが国への上陸が認められないわけではないのである。それゆえ、本件令書が執行され、抗告人がその本国に強制送還されたとしても、それによって抗告人の裁判を受ける権利が否定されることにはならないものというべきである。右裁判を受ける権利が否定されることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠き、失当である。結局、本件抗告理由は、民訴法四一九条ノ二所定の場合にあたらないから、本件抗告を不適法として却下し、抗告費用は抗告人に負担させることとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高辻正己 裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄 裁判官 服部高顯 裁判官 環昌一)

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